照光寺タイトル画像
住職写真

宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
バックナンバー

これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【日本人の死生観⑤】vol.69

日本人の「もの」意識

日本人は、「お米」とか「ご飯」とか「お茶」と言いますが、単なるライスやティーを尊称するような言語は、日本以外にないでしょう。極めつけは「お陰様」です。

これは最も麗しい感謝の気持ちを表わす日本語の一つにちがいありません。雨が降ろうが晴れようが、何が起ころうと、「お陰様」と言えば、すべてすみます。「お陰様でありがたい」と言われて、何か反論の言葉を返す日本人は皆無でしょう。でも、いったい日本以外のどこの国に、単なるシャドーをこれほど丁寧に表現し、礼法の言葉に仕上げたところがあるでしょう。

このほか、「お疲れ様」や「ご苦労様」もそうですが、この「お」や「様」のニュアンスを込めて、これらの語を外国語に翻訳することは不可能です。

この世のすべての中に霊が宿っているという考え方をアニミズムといい、かつては原始的な未開社会のものであると考えられましたが、それは一神教のキリスト教を最高とする西洋の学者が世界の諸宗教を序列づけようとした偏見にすぎませんでした。

アニミズムが人類最古の信仰形態だとしても、それは決して低劣な迷信ではありません。シャドーすら敬う日本語の中には、現代においてなお最も洗練されたアニミズムが息づいているとは言えないでしょうか。

よく「ものを大切にしましょう」とか「ものを粗末にしてはいけません」と言いますが、これが「物体を大切に」という意味でないことは明らかです。「もののけ姫」というアニメ映画がはやりましたが、「もののけ」とは「物の怪」であり、それは尋常ならざる霊的な存在のことです。

つまり、日本語の「もの」は「姿かたちある物」であると同時に、常に何らかの神聖なものが宿る「霊」をもさしているのです。だから、いかなるものも粗末にしてはならず、大切にしましょうということになるわけです。

古典の『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの「物語」の「もの」も同じです。日本の古典文学の「ものがたり」は、単なる「お話」ではありません。英語で言う単なる「ストーリー」ではないのです。

明治以前の日本文学の「物語」における真の主人公は、江戸時代の『雨月物語』に至るまで、例外なく何らかの霊的な目に見えない存在です。それについて語られたことが「物語」だったのです。

続きを読む

照光寺について

住職より