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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【日本人の脳】vol.33

コオロギや鈴虫の鳴き声を聞き分けることができるのは、日本人だけだといわれています。日本人は、夏の蝉や秋の虫の鳴き声、雨の音や川のせせらぎなど、自然の音を「言語」として聞いているのだそうです。
日本人以外は、欧米人でも韓国人でも中国人でも、それらを聞き分けるどころか、自然の音は全部「雑音」としか聞いていないというのです。

その原因は人種の違いとか民族の違いということではなく、日本語という言語に関係しているようなのです。つまり、生まれながら日本語を母国語として使うことによって、自然の音を「言語」として聞く日本人脳ともいうべきものができあがるようなのです。
だから、たとえ日本人であっても、日本語以外の言語環境のもとで生まれ育てば、日本人脳はそなわらないわけです。
英語圏で暮らすようになると、だれでも英語を使えるようになります。
ところが、不思議なことに日本人に限って、ネイティブのように流暢な英語を話せるような段階になると、日本語を忘れてしまうのです。まったく忘れてしまうわけではありませんが、うまく使えなくなるのです。そのことを困惑気味に、時には自慢げに話す在外邦人は結 構います。

日本人がどこか外国の地に定住した場合、こういう傾向はよくみられます。どうやら日本で生まれ育った日本人が外国に住んで、現地語(例えば英語)をほぼ完全に習得した場合、それは日本語を忘れるという代償の結果にほかならないのです。まるで日本語と外国語(日 本語以外のすべての言語)とは両立しえないかのようです。
こういうことは日本人以外にはまず起こらない現象です。たとえば日本に移り住んで、日本語に馴染んで何十年も経った外国人が、母国語を忘れてしまったという話を聞いたことがありません。

世界で最も難しい言語の一つに数えられている日本語を用いている日本人の多くが、義務教育の段階から何年もかけて英語を学びながら、なぜ簡単な英会話も満足にできないかというと、それには日本語という特殊な言語に起因する日本人脳が関係しているのかもしれません。
最近話題の早期の英語教育は、英語に堪能な日本人を多く育てようということのようですが、それは反面、日本人脳を持たない日本人を育てようという前代未聞の危険な試みだといえないでしょうか。

照光寺について

住職より