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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【どうして敬語を教えないのか?】vol.03

先年、アメリカのルイジアナ州で「子供の不作法を禁ずる法律」が成立しました。
法律の発案者は同州の知事で、「最近の子供たちは目上の者に尊敬の念を抱かなくなった」として提案し、議会の幅広い賛同を得て成立したとのことです。
「これによりルイジアナ州の公立学校の生徒は先生に対してものを言う場合は、男性教師の場合は、『サー』、女性教師の場合は『マァム』という言葉を付け加えることが義務づけられた」と伝えられています。

こんな見上げた法律は日本では生まれそうもありませんが、「子供の不作法」は世界的な問題のようです。日本でも、学級崩壊、不登校、校内暴力、イジメは、もはやニュースにもならないほど日常茶飯事です。
その原因はいろいろと取りざたされています。家庭の躾がなっていないからだともいわれます。
しかし、どれほど家庭で注意していても、学校へ通い出し、高学年になればなるほど汚い言葉を覚えてくるのはどうしたことでしょうか。
一つにはテレビの影響が大きいのでしょう。児童向けのアニメやドラマの主人公は、ほぼ例外なく戦闘的で、恨み言葉や罵り言葉を連発し、とにかく敬語というものを使いません。
それにもまして問題は、やはり学校の教育でしょう。小中高を通じて国語教科書には、敬語を用いた文章が一つもありません。
小学校低学年で生徒に課す作文は、「せんせい、あのね」で始まります。
そのあとに続く文章は、たとえば「ぼく、なわとびができたんだよ」です。「ぼくは、なわとびができました」ではない。続いて「よくできたねと先生は言った」と書く。正しい日本語なら、「よくできましたねと、先生はおっしゃいました」でしょう。

もしかすると、生徒も先生も平等だからかまわないではないか、そのほうが親しみがあってよいではないか、と思い違いをしている人がいるかもしれませんが、現実社会では通用するはずのない不作法な言葉づかいを教わって、大人になってから苦労するのは子供たちなのです。
体と心の成長期に、「言葉の成長」をもっと真剣に見守ってあげたいものです。

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住職より