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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【起源の話⑫】vol.64

サムシング・グレート

現代の科学は、19世紀の機械論的唯物論の呪縛からようやく解き放たれつつあります。

不可解な生命の誕生と、そのあまりにも人知を超えた精密な仕組みに関して、素直に、謙虚に神秘性を認め、神とは言わないものの、神の如き造物主の存在を想定せざるをえないところまできました。

遺伝子解読に貢献したわが国の学者は、これを「サムシング・グレート」とさえ呼びます。

CBSテレビが行った世論調査によると、米国人の55%は、人間は神がつくったと信じ、27%は進化の過程に神が関与したとし、全く神がかかわっていないとする人は13%にとどまったそうです。

この調査結果は、ほとんどの米国人はダーウィンの進化論を信じていないことを示しています。

米国人はダーウィンの進化論という「科学」を無視しているのかというと、たぶんそういうことではありません。

これまで述べてきたとおり、ダーウィンの進化論も仮説にすぎず、それを信じるか信じないかというレベルの宗教的信念に近いものです。

日本の学校教科書は依然として、ダーウィンの進化論を取り入れています。要するに、19世紀の機械論的唯物論そのままなのです。日本の学校では、「サムシング・グレート」を認めていません。心が殺伐とするばかりの教育だと言わざるをえません。

西洋で生まれた近代科学は、実は神を否定したのではありません。むしろ神を人知・人力を超えた、はるか彼方上空へ押し上げ、神のことを考えなくても済む俗世だけの論理を作り上げた、というのが真相です。ところが、科学を追究していくと、神の存在に行き着いてしまったわけです。

神の存在はともかく、この宇宙自然界の神秘性、不可思議性に、人間はもっと謙虚でなければならないと思います。

最後に附言。人間を不幸にする元凶である唯物論は、今現在も、しつこく根付いています。端的に、これを今の日本は「左翼」と呼びます。

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