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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【日本人の死生観②】vol.66

 

「霊」と「魂」―漢字の成り立ちから―(2)

かつて日本に「魂」という漢字がもたらされた当時、この字は漢音で「こん」と読むが、日本人は「たましひ」と訓読みした、というわけです。

では、「霊」という漢字をどう読んだのでしょう、という問題でしたが、まず「霊」という漢字の漢音は「れい」、呉音は「りょう」です。

実はこの訓読みも、「魂」と同じく「たましひ」なのです。

ただし、この字は実際にはほとんど「たま」としか読まれません。

この字を即座に「たま」と読むことのできた人は、「木霊(こだま)」「言霊(ことだま)」「人霊(ひとだま)」といった言葉を連想したと思われます。でも、この字を単独で「たま」と読むことはないので、訓読みは何かと問われて、即答できなかった人はきっと多かったことでしょう。

なぜ「霊」を、単独で「たま」と読むことがないかというと、昔から日本人は霊なるものを単独で存在するようなものではなく、「木霊」「言霊」のように必ず何かに付随しているもの、あるいはどこかに宿っているものとして考えていたからでしょう。

「たま」と訓読する漢字は、このほかにも「玉」「球」「珠」「弾」などがあります。

これらのことから、古来の(漢字移入以前の)日本語の「たま」は、「丸いもの」というイメージをもつ言葉だと想像がつきます。さらにまた、「たましひ」の「ひ」は、漢字の「火」「日」「陽」の訓読みでもありますから、「ひ」は「光り輝くもの」というイメージをもつ言葉です。

そうすると、「たましひ」は「たま」の「ひ」のことですから、古代日本人は、「たましひ」という言葉で「光り輝く丸いもの」をイメージしていたのだと思われます。これを言い換えると、「たましひ」は決して暗いイメージの語ではなかったということです。そして、それは何かに宿るものです。

この言葉が漢字の「霊」と「魂」の訓読みとなっているわけです。

いずれの漢字も、「たま」の「ひ」という意味の日本語に相当するものだということですが、今度は、漢字じたいの意味を探ってみましょう。

「霊」と「魂」とは、まったく別の漢字です。むしろ正反対の意味を持つ語と言っても過言ではありません。したがって本来は、結びつきようのない語でした。

だから、それが結びついた「霊魂」などという言葉は、無意味なのです。当然、それがあるかないかを議論するのもまったく無意味だということになります。

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