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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【日本人の死生観⑦】vol.71

すべては物質にすぎないのか

かつてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士に立花隆氏がインタビューした対談をまとめた『精神と物質』(文芸春秋、1990年)という本があります。

この中で利根川博士が述べている見解は、一見きわめて「科学的」なものです。

「遺伝子によって生命現象の大枠が決められているとすると、基本的には、生命の神秘なんてものはないということになりますか」

という立花氏の問いに、利根川博士は

「神秘というのは、要するに理解できないということでしょう。生物というのは、もともと地球上にあったものではなくて、無生物からできたものですよね。無生物からできたものであれば、物理学及び化学の方法論で解明できる。要するに、生物は非常に複雑な機械にすぎないと思いますね」

と、臆面もなく古典的な生物機械論を披瀝しています。

「そうすると、人間の精神現象なんかも含めて、生命現象はすべて物質レベルで説明がつけられるということになりますか」

と立花氏は念を押します。

こういう「要素(物質)還元主義」はとっくの昔に破綻をきたしているのですが、それに対する博士の回答はこうです。

「そうだと思いますね。もちろん今はできないけれど、いずれできるようになると思いますよ。脳の中でどういう物質とどういう物質がインタラクト(相互作用)して、どういう現象が起きるのかということが微細にわかるようになり、DNAレベル、細胞レベル、細胞の小集団レベルというふうに展開していく現象のヒエラルキーの総体がわかってきたら、たとえば人間が考えることとか、エモーションなんかにしても、物質的に説明できるようになると思いますね。いまはわからないことが多いからそういう精神現象は神秘な生命現象だと思われているけれど、わかれば神秘でも何でもなくなるわけです。早い話、免疫現象だって昔は生命の神秘だと思われていた。しかし、その原理、メカニズムがここまで解明されてしまうと、もうそれが神秘だという人はいないでしょう。それと同じことだと思いますね。精神現象だって、何も特別なことはない」

博士によれば、文学も哲学も最終的には脳の研究で片がついてしまうのだそうです。

ノーベル賞学者でもこれほど徹底した唯物論を開陳していたころがあったのです。

確かにこれまで神秘と思われていたことが科学的手法によってそのメカニズムが解明され、神秘でなくなったことはたくさんあるでしょう。でも、それで神秘が減ったかというと、そんなことは全然ありません。物質レベルでの解明が進むにつれて、むしろ人間の精神現象や生命の神秘はいっそう深まっているというのが現状です。でもそうした神秘の前に謙虚であろうとする科学者は依然として少ない、というのも事実です。

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