照光寺タイトル画像
住職写真

宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
バックナンバー

これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【日本語の仏教①】vol.85

「てら」とは何か

寺とはどういう意味ですかと、尋ねられたことがある。特に他意もなく、ごく素朴に、寺という言葉の意味を知りたいと。しかし、これは途方もなく難問なのであった。

こういう場合、ふつう誰でもそうするように、「寺」という漢字の説明をする。ちなみに、『角川漢和中辞典』には次のような説明が載っている。

【寺】仕事をするところが原義。中国で西域からきた僧に与えた役所が寺だったので、寺がてらの意となった。

これで答えたことにならないのか。質問者は、そうではない、知りたいのは漢字の意味ではなく、日本語の意味が知りたいのだという。これには意表を突かれた思いがした。

ならば、国語辞典を見れば良い。『新明解国語辞典』(三省堂)には次のような説明が載っている。他の国語辞典の説明も似たりよったりである。

てら【寺】僧が住んで、仏像をまつり仏道を修行し、また、仏事を行うところ。

だが、実はこれも漢字の「寺」の説明(=語の用法)であって、日本語の説明になっていない。何を問題にしているか、おわかりだろうか。

漢字で表記される言葉の意味を知ろうと思えば、大概の場合、国語辞典で用は足りるが、さらに詳しくは漢和辞典で調べてみるのがふつうである。だが、そこでわかるのは漢字の意味であって、日本語本来の意味ではない。

例えば、山とは何か、川とは何か、などと質問する人はいないだろうが、外国人がそう尋ねることはあるかもしれない。小さな子供が「やまって、なあに?」「かわって、なあに?」などと尋ねることもあるかもしれない。その場合、実際の山や川を指して、あれを「やま」と言うのだ、これを「かわ」と言うのだ、と教えてやればすむだろう。絵に描いて示してもよい。

では、なぜ山や川のことを、日本語で「やま」や「かわ」というのか。それにはどういう意味があるのか、というふうに尋ねられたらどう答えたらよいだろう。

この問いに漢和辞典は何の役にも立たない。漢和辞典には漢字の成り立ちや意味は載っているが、日本語本来の意味は載っていないからである。

照光寺について

住職より