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宮坂 宥洪( みやさか ゆうこう)
照光寺住職
成田山蓮華不動院住職
智山伝法院院長

月々の言葉と連載法話
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これまでの法話を毎月一話ずつ紹介していきます。また、毎月境内に貼られる月々の言葉を掲載 していきます。

お寺を訪れる人は、住職の「月々の言葉」に励まされています。ご覧になった方の、心の支えになれば幸いです。

今月の言葉

【戦後72年⑥】vol.84

日露戦争の勝利によって日本はロシアの南下を防ぐことができたのですが、それにもまして、この戦争の勝利がアジア及び世界の抑圧された民族にどれほど希望と自信を与え、その後の民族独立運動をうながしたか、その世界史的意義は計り知れません。

もし日本が敗けていれば、韓国も日本も確実にロシアの領土となっていて、今現在200余ヶ国・地域の8割以上は、依然として欧米の植民地であり続けたでしょう。結果としてそれを防ぐことになった最大の原因、すなわち世界史上の十大事件の一つに数えられるべき日露戦争に関する日本の学校教科書の記述は、あまりにもお粗末すぎて話になりません。

この真実の話を聞けば、日本の子供達は身震いするほどの感動と誇りを持てることでしょう。だが、今の学校で教えていることは、「戦争は悲惨です」「戦争は悪です」「戦争は絶対してはいけません」、これだけです。明治以降、三つの対外戦争に携わった先人たちはみな悪人か。その戦いがなければ、今現在、地球上に日本という国は存在しないという想像力はもってほしい。

トラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破ったネルソン提督の名前を知らないイギリスの子供は一人もいません。

ヨーロッパのみならず中近東やトルコやアフリカやインドでも、ネルソン以上の近代における最大の英雄とされている日露戦争の英雄、東郷平八郎を、今の日本の学校ではその名すらも教えられていません。

日露戦争における日本の大勝利の報は、かたずを呑んで戦況を見守っていた世界中の人々を驚嘆させました。日本の勝利を誰が信じていたでしょう。白人列強は目を見張り、植民地の人々は喝采しました。狂喜乱舞したといっても過言ではありません。植民地で奴隷のように扱われていた有色人種の国が白人国家に立ち向かうことなど夢にもかなわないと思いこんでいた人々に、もしかしたら独立も可能かもしれないという希望が、このとき初めて生まれたのでした。

後に独立インドの初代首相となったネールはこう回想しています。「日本の情熱が私の情熱をかきたてた……民族主義的な思想が私の心を満たした。私はヨーロッパの束縛からインドとアジアの自由を取り戻すための瞑想にふけった」

白人諸国が競って世界制覇を企てた近代の歴史の中で、最初に有色人種がその野望に立ち向かって、しかも阻止した空前の事件が日露戦争だったのです。日本が日露戦争に勝ったから、だから今のインドの独立があるということをインド人はみんな知っていて、心の底から日本に感謝し、なおかつ日本を尊敬してくれています。マレーシアやミャンマーやインドネシアなどの東南アジアの国々もみんな同じです。

日本が戦わなければ、今の世界はなかったのです。だれが好き好んで戦争などするでしょう。だが、いざという時に戦えない人間ないしは国というものを、後世のいかなる世界の人間も絶対に尊敬しないし、軽蔑するだけでしょう。一方、いざという時に立ち上がって戦ってくれた人あるいは国を忘れない国民はいません。

戦争には大義があります。戦争は無差別の殺戮ではありません。ルールのある外交手段なのであり、大義名分のない戦争はありえません。第二次世界大戦において、欧米の大義は植民地を手放さないということであり、日本の大義はそれを開放せよということでした。さて、結果として、どちらの「戦争目的」が達成できたのか。真の勝者はどちらだったのか。日本は「大東亜戦争」という名称で開戦し、自国の存続と「大東亜」の解放のために戦ったのです。結果として、この戦争目的は達成したのです。欧米諸国の植民地は総て独立したからです。その意味において日本は勝利を収めたと言えるでしょう。なのに、アメリカが勝手に命名した「太平洋戦争」という名称の戦争で負けたことになっている。おかしな話です。

かの大戦の真の敵はアメリカではなく大英帝国でした。真珠湾攻撃とほぼ同時刻にマレー沖に停船していた大英帝国が誇る戦艦プリンス・オブ・ウエールズとレプルスを日本軍は撃沈しました。これが大英帝国滅亡の端緒となりました。大東亜戦争は大日本帝国と大英帝国の戦争だったのです。結果、日本はその戦争目的を達成したという意味で、断じて敗者ではありません。

私たちの祖父や曾祖父は、「太平洋戦争」などという名称の戦争をしていません。「大東亜戦争」をしたのです。

しかし、戦後日本を占領した総司令官マッカーサーから、「この戦争を大東亜戦争と呼んではならない。太平洋戦争と呼べ」と命じられたことを、その後70数年経って、今なお日本のマスコミも教育界も歴史学界も、みんな忠実に守っています。

いい加減に目を覚ましてもらいたいと思います。

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